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晩秋の軽井沢 [旅ばなし]

11月の下旬に、北軽井沢の半セルフビルドで建てた山荘を見学に行った時の写真。
ブナの林は葉が落ちて明るく気持ちいい。くるぶしが隠れるほどに落ち葉が積もっている。
朝には霜がびっしり。久しぶりに霜柱を見た。

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秋の軽井沢のスライドショー

磨製石器? [旅ばなし]

八ヶ岳の下山途中で見つけたこの石。
ただの石ころにみえるが・・・
これ、縄文時代の磨製石斧の可能性がある。
まさかぁ、と思うでしょうが。
その根拠は。
・これを見つけたのは火山性の岩ガラガラの場所。河原とかでないから磨り減った石が自然の状態であるのは不自然。それで、ん?と思って手にとってみた。
・バチ型の形は縄文時代の石斧によくある形。刃の部分が円弧型なのもよくある。
・断面方向で見ると、今の刃物にもある片刃。これも石斧によくあるらしい。説明がむずかしいが、丸い溝で磨くとこんな刃ができるはず。
これだけ条件ぴったりの石が自然にできてこの場所にあるのは、むしろ可能性低いと思う。

握ると3枚めの写真。実に手にしっくり決まる。バチ型だから力が入りやすいだろう。こういうのは木の伐採などに使われたらしい。
八ヶ岳周辺には旧石器時代、縄文時代の遺跡が多い。縄文時代には頂上付近で取れる黒曜石を採掘し、関東一円に流通していたというから、この登山道あたりを行き来していた可能性はある。
ちなみに2枚目の脇に移ってる黒い石は、山頂付近で見つけた黒曜石。
縄文人は、山を自由に行き来していた。橋を架けるのが難しかったこの時代には、平地を移動するより峰をつたったほうが楽なこともあるからだ。縄文人の精神性は修験道に受け継がれたという。今の登山道も、初めの開拓者は縄文人たちだったのかもしれない。

近くの尖石遺跡が栄えたのは5~4000年前。
ほんとかな、とも思うけど、握るとなんともしっくりくる。
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北八ヶ岳もののけ縄文ワールド [旅ばなし]

北八ヶ岳、諏訪盆地はもののけ姫の舞台のようだ。
富士見町には「乙事」「烏帽子」「小六」などの地名もある。

このあたりは縄文時代から狩猟文化の色濃いところ。古事記の時代、西からの勢力が落ち延びてきて土着の民と共存し、今の諏訪大社を中心とするこの地の文化ができた。御柱祭なども起源は縄文時代まで溯る可能性がある。

八ヶ岳頂上周辺には黒曜石の取れる場所がある。黒曜石は鋭い切り口ができるので縄文時代に刃物として使われた。これらは遠く青森まで運ばれたという。
また稜線近くには神秘的な池が散在し、遠くには浅間や富士山も見える。
黒曜石は単に便利なだけでなく、縄文人たちはそれを通してよりよく、より遠く、世界の不思議を求めはじめたのだろう。彼らの見た世界は、今で言う科学、芸術、哲学、宗教のいずれとも分かちがたいものだったかもしれない。
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北八ヶ岳のスライドショー


ミャンマーのアルバムUPしました。 [旅ばなし]

ミャンマーのアルバムUPしました。
写真をクリックすると飛びます。

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今まで行った国で、人がいい国はと聞かれれば、ミャンマーとラオスと答えるだろう。
上座部仏教の教えのためか、旅人にはとても優しい人々が多い国だ。

たとえばこんなことがあった。
ヤンゴンから夜行バスでインレー湖というところに行った。
早朝、寝ぼけた頭でバスを降りると、カメラバックがない。そっくりバスの中に置いてきてしまったのだ。血の気が引いた。

宿の人に相談するとあれこれ手配してくれ、どこからか現れたおじさんがバス会社に連絡をとってくれた。夕方バス駐車場に行こうという。
車で連れられ、郊外の空き地にそのバスは止まっていた。
中にはバッグがぽつん。中は夜行の冷えた空気が残っている。開けられた形跡もなく、中身はそのまま。
「なんで忘れたんだ?」
運転手らしき男が一言つぶやいた。

帰りに、案内してくれたおじさんは、おばあさんの家に誘ってくれた。
おばあさんは日本語が話せるのだという。
「戦争中、私はメイミョーという街にいましてですね・・・たくさん日本の兵隊さんがやってきました・・・」
話すたびに、おばあさんは背を伸ばして気をつけの姿勢をした。何十年の時を経て、おばあさんの記憶に残った言葉は、少し昔の日本人の丁寧な言葉だった。
一家の写真を撮って家を後にした。

あの穏やかなミャンマーが、人権を省みない軍事政権に支配されたままなのは皮肉なことだ。

バリの写真UPしました。 [旅ばなし]

バリ島やアグン山の写真、ぼつぼつUPしてます。
写真をクリックすれば、アルバムに飛びます。
見てみてください。

11/22 写真追加しました。
バリ・アルバム
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足柄古道と富士山 [旅ばなし]

先日富士山に行った時通りかかった足柄峠の古道が気になっていた。
足柄峠は箱根の北の尾根続き。古代の東海道として整備された。さらに遡れば縄文土器も出土しているというから、そうとう昔から人が行き来する重要な峠道だった。
万葉集にも詠われ、

足柄の み坂に立して 袖振らば
         家なる妹は さやに見もかも

(足柄の峠に立って袖を振れば、故郷に残した妻にはっきりみえるだろうか)

防人として西国に赴く男の歌。人の心情は昔も今も変わらない。
ここから東が坂東。一説によれば、「坂東」の坂とは足柄の坂だともいう。さまざまな人や物が、足柄峠を越えて行き来した。
やがて箱根の道に代わるが、日本を二分する重要な峠だった。

車道に平行して細い山道が続く。古道とはいえ石畳の山道だが、ふと見た足元の石畳が丸く磨り減っていて、これはもしや荷駄車などの往来でできた轍かなと思う。
峠に出ると富士山が目の前に。
箱根越しの富士は見慣れているけど、裾野からすっきり見える富士はまたいい。

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下山路で通った杉林、間伐がされず密生したまま。下草が生えず表土が流出しかねない。
戦後に大量に植林したものの、外材におされ需要がなく、放置されたままのこうした杉林が花粉症の一因だという。杉に罪はない。杉を活用しつつ自然と折り合っていく方法はないものか。

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富士山須走口五合目 [旅ばなし]

富士山は山登りばかりではもったいない。
五合目まででも、下界とは別世界の空気を味わえる。
去年の夏に須走口五合目とその周辺の小富士に行き、秋は綺麗だろうと思っていた。
10月12日は、一足先に秋真っ盛りの富士を楽しんできた。
須走口は鎌倉からも行きやすく、人も少ないのでのんびりできる。
御殿場から富士山に、カラマツの道をくねくね登れば雲の上だ。
まだ全面紅葉とはいかないが、ナナカマド、ダケカンバ、カラマツなどが色づいている。
霧がでたり晴れたり。もうすぐ山小屋も閉まって富士山は冬支度になる。
往路で足柄峠を越え、富士山の後は御殿場アウトレット、帰りがけに箱根の雲遊天山で一風呂浴びて帰る。
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